2/21(日) 吹奏楽部
















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- by Hagikoen
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明後日はいよいよ高校の卒業式で、今年度も残すところあとわずかとなりました。皆さんにとってどんな年でしたか?この1年を振り返る時、コロナの話題は避けては通れないと思います。コロナウイルスの感染拡大防止のため、休校になったり、学校行事が中止になったり、昼食時に自由に話ができなくなったり...さまざまなところで制限がかけられました。例年だったら、こんなことやあんなことができたのに...という思いもあったかもしれません。しかし、学校での皆さんの様子を見ていると、そんな気配は全く感じられず、不満を言わずに何事にも前向きに取り組み、楽しそうにしている皆さんの姿に先生たちは救われています。
それは、中学生が毎日書く「学習の記録」からも伝わってきます。中学生の日記には、「楽しい!」とか「幸せ!」と感じた出来事がたくさん詰まっていて、私は読むのが大好きです。体育でリフティングのテストだったのに2回しかできなかった(笑)、給食のラーメンが美味しすぎて幸せ、英検の面接官がどえらいイケメンでめっちゃ緊張した、先月より身長が1cm伸びていて嬉しかった、school lifeが楽しすぎて楽しすぎて!!あり得ないくらい楽しい!!!...思わず突っ込みたくなるものや、読んでいて吹き出してしまうものもあります。どんな状況にあっても、日常の些細な楽しみや幸せを見つけること、そしてちょっとした失敗を笑いに変えるのが上手だなぁ~と感心します。
そんな姿を見ていると、高校時代にある英語の先生から言われたことを思い出します。『"enjoy"という単語は、「喜び、楽しいもの」という意味の単語"joy"に"en"という接頭語がついてできたものです。この"en"は、名詞や形容詞につけて、動詞を作ります。つまり"enjoy"という単語は、「自分で楽しみや喜びを作る」という意味なのです。楽しみたいのなら、まずは自分で喜びを作る人になって下さい。』
この「自分で楽しみや喜びを作る」というのは、物事がうまく進んでいる時には簡単ですが、我慢を強いられている時には、大人でもなかなか難しいことです。しかし、充実した生活を送るため、人生を楽しむためには必要な力です。なので、この1年を楽しんで乗り切った皆さんはすごいと思います。そんな皆さんには、これからもどんな状況に置かれても「喜びを作る人」、「楽しみを作る人」であってほしいと思います。今年度もあとわずか...。一人ひとりが1つでも多くの喜びを作り出すことを意識し、みんなで笑って1年を締めくくりたいですね♪
3年生が総合的な学習の時間の発表会を行いました。
<2歳児クラス もも組>
卒園式まで残り約一か月となり、今日はさくら組さんとの交流で
わんぱーくまで一緒に散歩へ出掛けました。
初めての以上児さんとの散歩に、ドキドキ・わくわくのもも組さんたち。
さくら組さんに、「一緒に繋ごー!」と言われると、少し照れながらも嬉しそうに手を繋いでいました。
横断歩道を渡る時には、さくら組さんのお手本を見ながら格好よく手を挙げて渡ることができました。
わんぱーくに着いてからも、一緒に手を繋いで山を登ってくれたり、
追いかけっこをしたりと、たくさんの楽しい思い出が出来ました。
さくら組さんと過ごせる残りの日々を大切にし、一緒に楽しく過ごしていきたいと思います。
<年長さくら組>
昨日今日と雪が降り、積雪がありました。
朝から「雪積もったね!」「雪遊びできるかな~?」
とわくわくが止まらなかったさくら組さん。
園庭やマリア像の周りの雪をかき集め雪合戦をしたり雪だるまを作ったり・・・
雪合戦をしている子どもたちからは「おには~そと!」と
思わず笑ってしまうような声が聞こえてきました!
クラスみんなで雪遊びを楽しみ、思い出の一ページとなりました♡
<年長さくら組>
今年度最後の食育指導訪問でした。
うんちのお話や食事栄養バランスのお話を聞き、
箸やお皿の持ち方、姿勢を学びました。
小学校に繋がる大事な話を子どもたちは真剣に聞き、
箸の持ち方も長い時間集中して取り組んでいました。
JICA山口県国際協力推進員の方が来校され、
高2の岡村さんの作文(『命をいただくこと』)は、
これからもJICAの作文を通して、
卒業講話として、
また、
新生活に向けて、
萩市役所の男女共同参画推進室より講師をお招きし、「
高3は、これから人生でも大切な出会いが待っています。
おにぎり作りをしました。
最初にお米とぎを見て、お米について学び、クイズをして楽しい時間を過ごしました。
炊きあがったご飯をキラキラした瞳で見つめる子どもたち。
「おいしくなーれ」のおまじないがお米に届いたかな?
お部屋に帰り、自分で食べるおにぎりは自分で握ります。
「難しいなぁ・・・」「できたよー!!」楽しそうな子どもたちの笑顔、
自分で握ったおにぎりはいつもとは違う特別な味だったに違いありません。
3年生の卒業を間近にひかえ、3年生を送る会が開かれました。
今年度はコロナの影響で一つの部屋に集まって行う会が一度もでき
この3年間の出来事を題材にしたクイズや思い出ビンゴなどで一緒
山口県主催の令和2年度「山口県エシカルレシピコンテスト」の応募合計260点の中から、高校2年生の小野さんが考案した「みんなが幸せになれるチキンアドボ」が佳作に入賞しました。
「エシカル消費」とは環境や人、社会、地域のことなどに配慮して作られたものを積極的に購入したり使用したりする、思いやりのある「やさしい消費」のことです。
小野さんは、「普段捨ててしまいがちな部分も無駄なく料理に使い、廃棄物を減らしつつ食べられる部分を最大限活用したこと」等に注目してレシピを考案したとのことです。
みなさんも、ぜひ食材を十分活用した料理に挑戦してみて下さい。
小野さん、おめでとうございました!
あさって2月14日はバレンタインデーですね。2年前のこの日、私はカトリックの洗礼を受けることを決めました。光塩に勤めてから触れたカトリックの教えは心地よく、ミサやカトリック研修などは元々好きでしたが、洗礼を受けようとは思ったことは一度もありませんでした。しかし、人生には心惹かれる瞬間、ときめく瞬間というのがあります。私にとって2年前のバレンタインデーは、ずっと身近にあった神様の愛に対して、力強く後押しされて受洗を決心する日となりました。今は神様が準備してくれたタイミング、愛の日だったと思っています。
心惹かれる瞬間、それは進路指導をしていても大事な時だと感じています。私は受験前の面接練習で「将来の夢や目標は何ですか」とか「なぜ、その職業に就きたいと思っているのですか」と必ず尋ねます。そして、それぞれエピソードや熱意を語ってくれます。それは、想定内のものがほとんどですが、たまに想像の斜め上をいくことを言う人がいます。それは感動するくらい驚く内容だったりします。将来の夢や目標が決まる時、それはときめく瞬間です。例えば、同じライブやコンサートに行っても歌手に惹かれる人、ギタリストに惹かれる人、ダンサー、衣装、照明、音響など、惹かれる物は人によってさまざまです。同じものを見ても、聞いても感じ方が違う、みんな好きになる人が違うように、好きな教科が違うように、人ぞれぞれときめく物、惹かれる物が違います。タイミングだって人それぞれです。私はそのときめいた物を大切にしてほしいのです。すでに将来の目標が決まっている人は誠実に突き進んでください。まだときめく瞬間が来ていない人、特に高2でそういう人は焦っているかもしれませんが、落ち着いてその時を待ちましょう。新しく出会うものにときめくか、いつも身近にあるものの大切さに気付いてときめくか・・・。私は後者でした。小学生の時から歌ってきましたが、一生歌い続けたい、高校の音楽の先生になりたいと思ったのは高校1年の時。神様からの愛に気付いたのも光塩に勤めだして15年目でした。私たちの周りはいつも大事なものであふれています。今年度はもうすぐ終わりますが、ときめく瞬間はすぐに来るかもしれません。楽しみですね!
やわたハイランド191スキー場で、
スキー初体験の1年生は基礎を学んだ後、
2、3年生は昨年の反省点をいかしながら、
スキー体験を通して、
アルピニスト野口健さんの講演会「
「私の分岐点」と題し、自身のこれまでの経験や体験をもとに、
高3の卒業試験も昨日で終わり、いよいよ別れの時が近づいてきました。2月は中3・高3の皆さんにとって、中学・高校の総仕上げと次に来る新しい生活のための準備の期間です。今の仲間と過ごす時間はもう2度とありません。この1カ月を大切に過ごしてください。
今月の学院のテーマは「愛」です。皆さんは「愛」についてどのように理解し、解釈しているでしょうか。私は毎年、2月のテーマ「愛」について話しをするためにいろいろ勉強します。そして、中学生や高校生にどう話せば、誤解なく伝わるのか...と考えます。本校はミッションスクールなので、聖書の中に「愛」について何と書いてあるかも調べてみました。そこには、「愛」とは、友のために命を惜しまず尽くしていくこと、困っている人を見て、言葉や口先だけでなく行いをもって誠実にかかわること、ねたまず・高ぶらず・誇らないこと、利益を求めないこと、愛には偽りがあってはならないことなどが述べられています。
そこで今日は、「隣人愛」について話したいと思います。聖書の中には次のような有名な話があります。これは宗教の時間にも聞いたことがある話だと思います。
『あるユダヤ人が、旅の途中追いはぎに襲われ、半殺しの状態で道端に倒れていました。そこに同じユダヤ人の祭司が通りかかりましたが、その人を見ると、道の反対側を通って去って行きました。次にレビ人もやって来ましたが、その人を見ると、同じように道の反対側を通って去って行きました。ところが、次に来たサマリア人は、その人を見ると哀れに思い、近寄って傷を消毒し、包帯をして、ろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱しました。そして翌日、宿屋の主人にお金を渡して「この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りに私が払います。」と言いました。』
この話をよく理解するためには、登場した三人の関係を知る必要があります。最初に通ったユダヤ人の祭司は、神に仕える人で、困っている人がいたら、真っ先に救いの手を差しのべるべき人です。次に通ったレビ人も、神殿で門番と聖歌隊を兼ねる役職で、やはり神に仕える人です。最後のサマリア人とは、パレスチナのサマリア地方に住む人々のことを指します。この頃、ユダヤ人は、排他的で選民思想が強く、サマリア人を嫌い、軽蔑していました。
さて、思い出してください。追いはぎに襲われたのはユダヤ人です。本来なら、真っ先に追いはぎに襲われたユダヤ人を助けなければいけないのはユダヤ人の祭司で、その次がレビ人です。サマリア人にとってユダヤ人は、自分たちを軽蔑し、嫌っている人たちなので、本来は助けたくはない人です。しかし結局、追いはぎに襲われた人を助けたのはサマリア人でした。この話は、次のことを教えています。
例え見ず知らずの人であっても、敵対する人であっても、その人が困っていたら、自ら進んで助けてあげること。つまり、「誰が自分の隣人なのか?」が問題なのではなく、「自ら進んで隣人となること」が、隣人愛の本質だというのです。このことから「隣人愛とは、自分以外の全ての人に対する愛である」ということができます。
私は、隣人愛とは、他人の命を救うような仰々しいことだけではないと思います。例えば、自分の周りで嫌なことがあっても、周囲の人間や社会に対して怒りや憎しみをぶつけないこと。人の悪口を言ったり、罵ったりしないこと。弱い人間に対して、いじめや差別を行わないこと。そして出来れば、優しさや微笑をいつも絶やさないように努力すること。このように、周囲に対する「ほんの少しの思いやり」を持つだけでも立派な隣人愛だと思います。
殺伐としてストレスの多い現代社会の中では、このような「ほんの少しの隣人愛」を社会全体に浸透させることこそ、もっとも重要で大切なことだと思います。今月からは、この学校を優しさと微笑みの絶えない「思いやり」のある学校にしていきましょう。
アトラス萩店前で行われた、「はたちの献血」
時間等を縮小し、
<2歳児クラス もも組>
お散歩が大好きなもも組さんは、4月に比べてとても歩くことが上手になりました。
今日はそんなもも組さんと、高杉晋作立志像のある晋作広場へ散歩に行きました。
光塩に着くと、「高杉さんどこー!」と言って高杉さん探しが始まりました。
見つけると、「ここ、いたよー!」「こっち来て!」などと、大興奮な子どもたちでした。
その後には、木に隠れてかくれんぼをしたり、鬼ごっこやや木の横から「ヒョコッ!」といって出て遊んだりと、
たくさん遊びを満喫できました。
中学校1、2年生は総合的な学習の時間で国際交流を行いました。
本来、
最初にグループ毎に萩の紹介や日本の四季、